追憶の彼方から~吉岡憲の画業展

吉岡憲 年譜

1915年 東京府北多摩郡生。本名は佑晴(すげはる)。中学校在学中、川端画学校に通い、藤島武二の許しに出入りし指導を受ける。 
1930年 15歳で中央美術展入選。31年東美に合格するが父の反対で取り消しとなる。藤島武二に指導を受け、帝展に入選する。
1935年 渡仏を目的で出発するがハルピンに滞在。聖ウラジミール専門学校で美術を学ぶ。白系ロシア人少女と親交、39年「マルゴワ」を制作。
1940年 帰国後、銀座・菊屋ギャラリーにて個展を開き24点を展示。
1941年 森芳雄の勧めで独立展に出品し初入選。
1943年 独立展で「海女」他が独立賞。同年陸軍報道班員としてジャワに派遣される。「笛吹き」を制作。
1947年 独立展に出品、準会員となる。大久保泰と日動画廊にて二人展。読売新聞選定・美術ベスト3に選ばれる。
1948年 独立展に「母子像」を出品、同会会員となる。
1949年 美術連合展に選抜される。同年日大芸術学部講師となる。
1950年 野口弥太郎、山本正ら四人展を長崎・浜屋二階ホールで開催。日本アンデパンダン展、独立展に出品。
1951年 千葉の布良・御宿で写生。独立展に「漁村」F40号を出品。
1952年 長崎に滞在、長崎独立展や独立五人展に出品。
1953年 国際美術展に「裸婦像」出品。独立展に「母子」F40号出品。
1954年 日動画廊・長谷川仁に作品300点の制作を条件に3年間の渡欧を勧められるが、見合わせる。
1955年 日本国際美術展に「若い漁婦」F50号出品。独立展に「漁婦と子」F40号「母子」F20号を出品。日動画廊で新作発表。
1956年 1月選抜秀作展覧会に選抜出陳されるが、同月中央線東中野駅付近で電車に飛び込み自殺。同年独立展に遺作「笛吹き」など5点が陳列。
1962年 日本アンデパンダン展に物故作家遺作として「おらんだ坂あたり」「ハルピン風景」「裸婦」「母子像」他五点が陳列。
1963年 神奈川県立近代美術館「昭和初期展」で「笛吹き」「ハルピン風景」が2点出陳。
1965年 洲之内徹の現代画廊にて回顧展。
1988年 宮城県立美術館が「洲之内コレクション」を収蔵。