幕末に幕府蕃書調所学局で学んだ川上冬崖や高橋由一が日本洋画の開拓者である。二人は蘭学など西洋文化に触れるなかで、西洋画技法を独自に学んだ。高橋由一は、技法や絵具を自ら研究し作り出し、しかも耐久性も高い絵肌を作り上げた。開拓者でありながら、晩年期には勅命を受け制作をする立場まで上り詰めた。黎明期においての油画は、いわゆる実物に迫る写実でありながら、泥絵や秋田蘭画のような遠近法や構図に稚拙さを残す作品が多い。
『日本の美術6 明治の洋画−高橋由一と明治前期の洋画』至文堂
丹尾安典編『日本の近代美術1〜油彩画の開拓者』(1993)大月書店
明治期に早々に人気を得たのは、外国人向けの「横浜絵」だった。日本の風俗や風景を水彩で描いたお土産品である。五姓田芳柳は工房を組織して、家族や弟子にも同様に制作させた。名所や風俗をモチーフにした卓抜な水彩画が多い。横浜絵を描いた画家は他に、五姓田義松(芳柳の次男)、小沢一郎(チャールズ・ワーグマンの長男)、五百城文哉、小杉未醒(のち放庵)らがいるが、作者不詳の作品も数多く存在する。
−作品例−
ワーグマン2世 「上総・成東」
田内 千秋 「田舎茶屋」
作者不詳 「明治の商店街」
『日本の美術6 明治の洋画−高橋由一と明治前期の洋画』至文堂
明治初頭に国沢新九郎(土佐)や百武兼行(佐賀)らは別目的で渡欧するが、本場の西洋絵画に触れ画家を目指すようになる。その後山本芳翠や松岡寿らが渡欧し技術を学び、画塾で伝えるようになる。また先駆者たちのお陰で後世の画家たちが留学し易くなった。「正統な西洋絵画の移植者たらんとする」(※)ものたちだ。印象派以前のサロンを受け継ぐ画風を再現している。
−渡航先−
イギリス−国沢新九郎、百武兼行
フランス−百武兼行、山本芳翠、五姓田義松、黒田清輝
アメリカ−川村清雄、五姓田義松、高橋勝蔵
イタリア−百武兼行、松岡寿
ドイツ−原田直次郎
※三輪英夫,『日本の美術7』,p75
『日本の美術7 明治の洋画−明治の渡欧画家』至文堂
明治9年、明治政府は美術教育を推進するために「工部美術学校」を設立する。イタリアより絵画ではフォンタネージ、彫刻ではラグーサを招いた。芸術性や文化を目的とするよりは、色彩まで再現する記録の技術であり、国の技術追求であった。西洋式のデッサン方法を学ぶために模写を行った。そうした技術は地図や建築の製図、医学書や軍事情報の作成、紙幣デザインや印刷技術などの研鑽も行われた。すでに画塾などで教える立場の画家も生徒としても多く入学している。油彩画はバルビゾン派の影響を感じる作品が多い。
−参考−
作者不詳 「老人」
作者不詳 「女性像」
『中丸精十郎とその時代』(1988)山梨県立美術館
フェロノサや岡倉天心による西洋美術の排斥が強まり、明治20年の東京美術学校が開設されても西洋画科がなかった。そんな洋画界の冬の時代に、小山正太郎、本多錦吉郎、松岡寿らが大同団結を呼びかけ創設した。国家に認められたいという願いから歴史画なども出品される。明治美術の総決算とも言える団体であり、名作が発表された。
−明治美術会の画家と作品−
飯田 清三 「雪景色」
三輪 大次郎 「花」
『もう一つの明治美術』(2003)静岡県立美術館・府中市美術館ほか
写真のパイオニアである下岡蓮杖、横山松三郎も西洋画に注目していた。写真が単色しか出せない欠点を、着彩するなどして補っていたりもした。ついには写真の上から油彩で描くこともしている。のちには河野次郎(河野通勢の父)も写真館をしながら画家もしていた。三宅克己は水彩画家としてだけでなく、写真家の顔を持っている。
蕃書調所画学局 | (1861-) | <筆頭>川上冬崖 | <画学世話心得>高橋由一 |
聴香読画館 | (1869-) | <塾長>川上冬崖 | <門下生>小山正太郎、松岡寿、中村精十郎 |
天絵学舎 | (1873-) | <主宰>高橋由一 | <門下生>安藤仲太郎、彭城貞徳、原田直次郎 |
横山松三郎塾 | (1873-) | <塾長>横山松三郎 | <門下生>亀井至一 |
彰技堂 | (1874-) | <主宰>国沢新九郎 | <門下生>本多錦吉郎、浅井忠、守住勇魚 |
十一会 | (1878-1889) | <主宰>浅井忠、小山正太郎、松岡寿 | |
川村清雄塾 | (1881-) | <塾長>川村清雄 | <門下生>東城鉦太郎、桜井忠剛 |
鐘美館 | (1887-1894) | <塾長>原田直次郎 | <門下生>小林萬吾、伊藤快彦 |
不同舎 | (1887-大正頃) | <主宰>小山正太郎 | <門下生>中村不折、小杉未醒、鹿子木孟郎 |
生巧館画学校 | (1888-?) | <塾長>山本芳翠 | <門下生>藤島武二、白滝幾之助、北蓮蔵 |
『日本の美術6〜高橋由一と明治前期の洋画』至文堂
『日本の美術7 明治の洋画−明治の渡欧画家』至文堂
『中丸精十郎とその時代』(1988)山梨県立美術館
丹尾安典編『日本の近代美術1〜油彩画の開拓者』(1993)大月書店
『もう一つの明治美術』(2003)静岡県立美術館・府中市美術館ほか
山梨俊夫『描かれた歴史−日本近代と「歴史画」の磁場』(2005)ブリュッケ
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