(1)プロローグとして

  ライナーノーツ((liner-notes)とは、レコード・ジャケットの裏の解説(その語源は「服のジャケットの裏」)である。ここでは「追憶の彼方から〜吉岡憲の画業展〜」(2003.6.14-22)のライナーノーツと言えるナビゲーターとして書いていきたい。まずは始めて吉岡憲に触れる人のために、これまで吉岡憲を取り上げた先人の紹介をしながら、展覧会に向けての必読書を紹介したい。 (以下、敬称略)

  吉岡憲の歿後(1955年以降)、吉岡憲を取り上げた代表格は洲之内徹である。現代画廊で「吉岡憲回顧展」を行ったのが1965年。そしてこれを『芸術新潮』の「気まぐれ美術館」に書いたのは1974(昭和49)年頃だ。

洲之内徹「笛吹きの顛末」/『気まぐれ美術館』新潮文庫
掲載図版「笛吹き」(仙台ホテル)

 この文のおかげで、用もない仙台ホテルのロビーを尋ねた人は多いだろう、私もその一人である。この絵を展覧会に飾りたいという洲之内徹の思いと、所有者の事情が錯綜し顛末がある。絵の内部から語るのではなく、絵を取り巻く人間模様を語ることで絵を見せるのは、洲之内徹ならではの業であろう。

洲之内徹「マルゴワ」/『絵の中の散歩』新潮文庫
掲載図版「マルゴワ」 (宮城県立美術館・洲之内コレクション)

 吉岡憲を巡るドラマティックなエピソードと「マルゴワ」という傑作によって、今でも私たちを惹きつける。しかしながら、洲之内徹が展覧会のために四苦八苦したように、まとまった作品が集まる機会はその後なかった。各作品の所在すらわからなく、記録も少ないため、美術館にも画廊にも取り上げられることもなかった。人々の記憶から薄れ、さらには記録さえも消え去るかもしれなかった。それでも吉岡憲に対する情熱は、歴史の中に埋もれていくことはなかった。窪島誠一郎(信濃デッサン館・無言館館主)によって、吉岡憲に関する資料集がはじめて作り上げられた。

窪島誠一郎監修『吉岡憲全資料集−手練のフォルム』(1996年)信濃デッサン館出版

 翌年1997年に洲之内徹の旧コレクションを紹介する『きまぐれ美術館』の巡回展(目黒・兵庫・成羽(岡山)・愛知)の各美術館)が行われた。この展覧会では旧洲之内コレクションである「マルゴワ」に加え、新たに「江戸川暮色」「踊り子」が展示された。この2点はコレクターによる所蔵品(現・美術館所蔵)であった。コレクター所有という意味は大きい。水面下においては吉岡憲の評価は決して冷めたものでは証であるからだ。その後、信濃デッサン館には吉岡憲の作品が次第にコレクションされ、私が知る限り最大規模の吉岡憲を所有することになった。信濃デッサン館の分室である「槐多庵」で前触れもなく、吉岡憲の作品を目の前にした人も多いかもしれない。

  没後50年、吉岡憲が優れた人物画を描く画家として、洲之内徹を中心に語られ、扱われてきた。もちろん私を含めて、今回吉岡憲展に携わる人たちは洲之内徹から吉岡憲を学び、吉岡憲の世界へと触れていったのである。しかし今、吉岡憲の全貌を知り得るに充分な作品が揃った。そろそろ「洲之内徹が取り上げた画家」という冠を取り、吉岡憲の再評価をするべき時期に来たのではないかと思う。

  確かに「笛吹き」も「マルゴワ」も吉岡憲の代表作である。しかしこの2点だけでは、吉岡憲の才能を知るには充分ではない。もし初めて吉岡憲の作品に触れようとするならば、洲之内徹のドラマティックな文章を噛み締めつつも、一度忘却の彼方へと置き忘れ、再び本展の吉岡憲の全貌に触れて欲しいと思う。そうすることによって、洲之内徹が吉岡憲を取り上げた背景と確信に触れられることになるからだ。

(続く)

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