(6)再び島崎蓊助

 再度島崎蓊助に登場願いましょう、昨年の遺作展を機に出版された『島崎蓊助自伝』平凡社刊です。高間筆子、横山潤之助、柳瀬正夢、大月源二、戸田達雄、土方定一、岡本太郎その他いろいろな登場人物が織り成す波乱の半生記なのですが、やはり憲は登場します、それも最晩期の貴重な姿を記録しており有り難い資料となります。
「独立美術」の吉岡憲が荻窪駅(原文のまま)で鉄道自殺した。まさかと思ったが、思いあたることがあった。彼が自殺する二、三日前、新宿東口の飲み屋街の草野心乎の「火の車」で呑んでいた時、近くの店でしたたかに呑んだらしい吉岡が私を見つけ、名刺に走りきしたものを手渡して、よろけながらさっていった。

「翁ちゃん、もう死ぬ時期ではなくなった。ゆっくり仕事したいものだけが余っている。漸く、二十の青年にかえりました。また二、三年たって、・・・何時も同じの馬鹿馬鹿しさで申訳なし、ちょっと言葉をつつしんだようです。」

吉岡の内部でどのような苦悩がとぐろを巻いていたのか、およそのことを想像するだけで深い事情は知る由もないが、酔余の乱れた走り書きを一枚の名刺に残して、間もなく彼の痛ましい自殺の知らせをきいた。その真因が他人に解ろうはずもないが、戦時中の行動と敗戦後の混乱のなかで純粋な感情と美しい魂の所有者たちが絶望して、自己の存在を抹殺した例はすくなくない・・・

 同時代に生きた人にしか解りあえない部分と、それでも理解に苦しむ部分とがあるようだ、やはり『第三者』なのである。

(続く)

Yoshioka コラム

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