写実の求道者・後藤禎二に捧げる再評価への序章
 ――その形而上学的リアリズムについて

岡部昌幸(美術史家)

p3

 「日本のシャルダン」(蜷川譲『文学のディスクール』、1979年、藤森書店)と呼ばれた後藤禎二。それは画業を極めたものへの尊称であったが、その呼称ゆえに、いっぽうでは西洋美術の追随者、現代日本においては時流に合わぬ孤高の存在と受け取られかねない。しかし時代は変わった。

 21世紀の今日。最新の美術史上で、静けさとものの存在、物感を追及した画家たちの系譜が論じられ始めた。カラヴァッジョの才気と卑俗性のなかに潜む神性。フェルメールの清祥な光。シャルダンの日常感覚と静謐感。コローの明暗と詩情。セザンヌの面と構成。ハンマーショイの北欧的な神秘感。そしてモランディの哲学的思惟。400年に及ぶ長い時間に点在する彼らの間には、何ら人的にも地域的にもつながりはない。日本では、坂本繁二郎、井垣嘉平、阪倉宜暢、岩田栄吉、藤田吉香、長谷川潔などの名があげられよう。しかし彼らのいずれもが今日、忘却や無理解からその絵画の本質が再発見されて、熱狂的な愛好者をもつ人気画家たちである。その時代には孤高であり、ユニークなものこそが、長い歴史のなかでは共通性を持つ。それが、実は美術史を形作るのである。

 友人であった彫刻家の村田勝四郎さんは、追悼文で後藤禎二を「端正で、微細克明なリアリズムの殉教者であったといえるのではないか。」といった。「彼の描く馬鈴薯の芽穴の深さに、食卓の木目の文様の偶然性に、庖丁の冷い光に、鶏卵の丸さや重量感に、彼の目が見とどけ、彼の心が把みとろうとしたものは何か。」と問いかけ、「あの一見窮くつそうな世界の行く手に、若しかしたら広々とした自由な世界が約束されていはしなかったか。それを彼はひそかに胸中の珠として温めていはしなかったか。果たして彼は終着点のない道を走りつづける悲劇の主人公であったか、又は洞窟の奥の狭い抜け穴の彼方に人知れず明るく澄んだ桃源郷を夢見てほくそ笑んでいたか。」 (村田勝四郎「後藤禎二君を憶う」『連盟ニュース』第192号、1970年5月、2頁)と予言のような述懐を残している。 

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岡部昌幸「写実の求道者・後藤禎二に捧げる再評価への序章

後藤禎二展

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